インド ~経済大国の不思議と驚き~

レポーター:ムンバイ駐在員 尾崎

ゴールドマン・サックスの2003年の経済レポートでインド人女性スタッフがBRICsという言葉を使って以来、インドには世界の経済的関心が集まり、日本を含め大型投資も盛んに行われるようになりました。インドの在留邦人数は現在全員で3,300人弱、ムンバイ地域では340人程度ですが、ビジネス関係の活発化に伴い企業駐在員も増加傾向にあります。

日本とインドの交流には長い歴史があり、かつてもインドは重要な経済パートナーだったことをご存知でしょうか?現在の日本の貿易総額に占めるインドの構成比は輸出入ともに1%未満ですが、80年前の1926年には12%も占めていました。その大きな理由の一つに明治維新直後から始まった日印綿花貿易があります。鎖国は欧米だけでなくインドにも開かれ、江戸幕府終焉20年後の1889年には、日本より印綿視察団まで訪れています。既に、我々の大先輩の「商社駐在員」が活躍していたのです。戦前のピーク時には、今の10倍ほどの3,000人以上の日本人がムンバイに滞在していたそうです。

庶民のおつまみSAMOSA(インド風餃子)の露天

そんなインドは、私にとって6カ国目の駐在地で、赴任して1年半になります。これまでの駐在国では、1年程度住めば、大抵その国の特徴や、人々の考え方を理解できるようになりましたが、「インドはどうですか?」とのインド人や日本からの出張者への質問には、いまだに返答に窮してしまいます。多種多様な人々、文化、考え方があり、それらが渾然として、11億人の人々が大河のように流れているのがインドで、一言ではなかなか説明しきれません。以下、その一端、知られていない一面をご紹介します。
インドはよくも悪しくもあらゆる極端が並存している国です。
今年2009年には下院の総選挙があり、有権者は7億人以上でした。世界最大の民主国家といわれ、投開票も日本のように「即日」は不可能で1ヶ月に渡りましたが、大きな混乱はなく整然としたものでした。ただ、識字率が65%程度であるため、投票は各政党のシンボルマークのボタンを押す方式で、多くの人々は象とか猿とか花などに投票するのです。

オートリクシャーという乗り物。ナノではありません

一方で、日本でも話題の、1台11万ルピー(約20万円)のタタモーターの大衆車「ナノ」が発売されインドの自動車ブームは拍車がかかっています。道路は自動車であふれていますが、車以外にも、人、三輪車、手押し車、そして牛・ヤギもあふれており、遅遅として進まず、ムンバイ市内の客を訪問するのも、飛行機でデリーの客を訪問するのも同じ時間がかかってしまいます。
また、ムンバイ~デリー間の飛行機の所要時間は2時間のはずですが、3時間以上かかることがよくあります。「後10分で着陸します」との機長の機内アナウンスの後でも、滑走路が空かずに1時間以上もムンバイ上空で旋廻、待機しているためで、燃料切れで落ちはしないかといつも不安に思います。
インドは、多様な文化を抱える大国であるため、急速な展開、発展は難しい面はありますが、安心感もあり、また、着実に、ゆったりその流れを強め大きくしています。

農業ビジネス分野でも大きな可能性を秘めています。人口は30年以内に中国を抜き世界一になると予想されており、現在でも、コメ、小麦、砂糖は世界第2位、綿花は世界第3位の生産量を誇っています。また、その生産を支える農薬、及びその他ファインケミカルの生産技術は高度な水準に達しており、内外の多くの主用化学メーカーが農薬原体、中間体の生産基地を設置するようになりました。
私たちは、広大な農業市場への日本の高品質農薬の紹介、また、高い技術と低コストの特徴を活かしたインドでの農薬生産、ソーシングビジネスを展開しており、過去に活躍した大先輩たちのように日印農業ビジネスへの更なる貢献、発展を目指しています。